2012年10月10日〜14日に香港で開催された世界的なタイポグラフィカンファレンスATypIに参加をしました。香港を訪れるのは初めてで、半分は旅行気分で行ってきました。
ATypIはAssociation Typographique Internationale(国際タイポグラフィ協会)の略称。パッと見‘I’の部分が大文字のアイなのか、小文字のエルなのか、もしかしたら数字の1なのか分かりづらく、“アタイプル”なのか“アティピ”なのか読み方が難しいですが、「エイタイプアイ」もしくは「 アティピ」と読みます。
こATypIのイベントの歴史は古く、1957年より毎年欧米の主要都市で開催されていたのですが、2012年は初のアジア開催ということで、日本人を含むアジア系地域の登壇者や参加者が多かった印象です。(2019年には東京でも開催をされました)
1日目・2日目は、香港中心部より北にあるINNOCENTREというイベント会場で、プレゼンとワークショップが併行して開催されました。
1・2日目の会場となったINNOCENTRE
会場の受付で、自分の名前を伝え、参加証とオリジナルTシャツとフォントメーカーの資料をどっさりと受け取ります。中に入っている扇子は、モリサワさんのオリジナルグッズでした。エコバッグやTシャツももらえました。会場ではお世話になっている関係者の方と会うことができました。
今となっては貴重なチラシやパンフレット、書体見本帳などをたくさん頂きました
最初のプレゼンと次のプレゼンは、ライセンス及びビジネス話。昨今フォントは紙媒体だけでなく、Webフォントや電子書籍、スマートフォン等でも利用されるようになり、技術の進化によりライセンス形態が複雑になりすぎてメーカー側も苦労しているという、前者はAdobeとTypekit(現Adobe Fonts)の関係者、後者はFontShopの方のお話でした。複雑だけどシンプルにしたいという思いは強いそうです。
ライセンスの話が終わると次は、ソーシャルファンドサイトとして有名なKickstarterでフォントビジネスができるのかどうかというお話でした。ChatypeやFolksなど実際にKickstarterで成功している実例があります。スピーカーの方の活発的なジョークで会場を沸かせてました。アメリカのどの州でKickstarterの成功者が多いのかといったデータが興味深かったです。
次は航空会社Air Inuitの企業書体を手がけたJean-Baptiste Levéeさんのプレゼン。ようやくデザイン寄りの話になりました。イヌイット語はカナダ先住民文字が使われているそうで、それと調和するアルファベットをデザインする際の苦労話を聞くことができました。
完成したAir Inuit Sansはとても素晴らしく機体のデザインもかっこいい
そして前半一番の見どころであるNokiaの企業書体Nokia Pureを制作したロンドンのフォントメーカーDalton Maagのお話。
ビジネス的に中国市場は大きいということ、Nokia Pure Chineseの話が中心でしたが、途中から登壇者であるBruno Maagさんの「書体開発というのはものすごく大変なんだ!フリーフォントだけになってしまっては困る!ビジネスとして成り立たない!」といった感じの信念が表立ったお話になりました。(なんとなくある矛先に向かって批判してらっしゃったのかも?)
Nokia Pure Chineseの書体デザイン
次はMonotypeによるWebフォントサービスFonts.comのダイナミックサブセッティングのお話。ページロード時に必要な文字だけのフォントファイルを生成する技術のことです。国内のWebフォントサービスには導入済みで、2バイト言語を使う我々には既に当たり前の話ですが、海外の方向けに分かりやすく解説。自身のダイナミックサブセッティングデモサイトを紹介していました。
午前中最後はReading expertiseという文字による認識の正確性の話題で、非中国人で非タイポグラファーの方に、例えばVerdana→Bodoniといった感じで違う書体の文字を連続して見せると認識率が一気に下がるというお話でした。ちなみにアルファベットであれば認識率に変化がないそうです。
ここで1日目の前半は終了。ビュッフェ形式のランチが用意されているので自由に食べることができました。中華料理が中心ですが、寿司っぽい寿司も置いてありました。1日目は午前中で離脱し、香港の街中散策をしました。
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2日目も同じ会場で、日本の登壇者がプレゼンを行いました。
まずは、藤原定家の書風にインスパイアされたという、Adobeの筆文字書体かづらき (Kazuraki) のタイプデザイナーの西塚さんと山本さんのお二人。かづらきは、デザインはもちろんのことエンジニアの面においても、世界的に話題を呼んでいるフォントですね。
終始和やかな雰囲気で、かづらぎの魅力が伝えられた
その流れで、かづらきのエンジニア担当であるKen Lundeさんがフォントの技術的な面を詳しく解説が続きます。かづらきフォントは、複数の合字(リガチャ)を含んでおり、実際にInDesignを使って合字の切り替えを行うデモが紹介されました。
続いて人気のAXISフォントを開発するType Project(タイププロジェクト)によるプレゼン。発表された内容は大きく分けて、AXISフォントとAXIS明朝体、そして目玉のアジャスタブル・フォント (Adjustable Font) の3つ。
アジャスタブル・フォントのデモ
アジャスタブル・フォントは書体のデザインをしっかり維持したままコントラストや字幅、太さを動的に調整できるフォントで、実際にデモを見て非常に驚きました。動的に変更しているからといって、ある部分が変に太くなったり、重なってしまったりしない点がすごい!フォントのあり方が変わる革新的な技術だと感じました。
参加者にはType Projectのオリジナルノベルティが配られた
Monotypeで書体デザイナーとして活躍されていた大曲 都市さんによる、非ラテン文字のWebフォント事情について。非ラテン文字とある通り、中国語、日本語、韓国語(それぞれの頭文字をとってCJK)だけではなく、他の言語の動向についても紹介されていました。
スライドの日本語例文が「お魚くわえたドラ猫…」だったり、北朝鮮の公式サイトにもGoogle Fontsが使われているなどのジョークを交えた楽しいお話でした。
引き続きMonotypeのBill Davisさんによる非ラテン文字のWebフォント考察。欧米諸国ではWebフォントがアーリーアダプター〜アーリーマジョリティ層に浸透しているのにも関わらず、非ラテン文字圏はまだイノベーター層のみという現状。
日本国内のWebフォントサービスが紹介されたほか、中国語圏のWebフォントサービスjustFontがあることを初めて知りました。スライドの締めに“This is the year non-latin web fonts takes off!”の一文が。果たして元年になったのでしょうか。
その後、GoogleがWebフォント表示の高速化を実現するHTML5のFilessystemを使ったJavaScriptライブラリgwynを紹介したほか、フォント制作ソフトメーカーであるFontLabがTransType 4とFontLab Studio 5.2を本日発表したこと、新しいフォント作成ソフトGlyphsについてや、カワバタさんとカミチさんによるGlyphWikiと花園明朝のプレゼンが続きました。
その後、会場を香港理工大学に移し、浅葉克己さんの基調講演やレセプションパーティが催されましたが、僕は体調不良で不参加。残念…
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2日目の後半はテクニカルなエンジニア向けセッションが多く、残念ながらデザイナー職の私には難しくてほとんど理解できなかったですのですが、フォントはデザインだけでなく裏方のエンジニア部分において、多くの苦労があることを改めて知りました。
フォントメーカーや書体デザイナーなどの関係者のためのイベントで、私のような一個人は場違いかもしれない印象はありますが、フォントや書体、タイポグラフィが大好きな方なら誰でも参加できます。背中を押してくれたのは書体デザイナー大曲都市さんのブログ「そうだ、ATypI香港に行こう。」でした。
ATypI Hong Kong 2012 イベントレポート後編へ続く
初稿:2012.10.12